テニスで教えられる人生

不満だらけの顔。

今まで溜まってたものか。

 

動画を撮ってみた。

自分のテニスのフォームを確認するために、三脚を買ったのだ。

試しにとってみた。

 

映ってるわたしは、とても愛おしく感じた。

身体はおばちゃんだけど、とてもかわいい。

思いのほか、かわいい。

横顔がきれいだ。

よかった。

わたしはこのままで、いまのわたしを受け入れよう。

今まで、ガツガツ生きてきた。

テニスのように、力一杯振ってきた。

しんどかった。

強い力に強く打たないと、対抗できないと思っていた。

ちがう。

強い球は、ぽんっとラケット面を当てるだけで、よく飛ぶのだ。

だからもう強く打たなくていい。

やんわりと受けて、打ち返すだけ。

体力も消耗しない。

それどころか、球が当たる感触が気持ちいいのだ。

 

嫌なものは嫌だ。

誰がなんと言おうと、傷つくものは傷つくのだ。

それがわたしだ。

そんなわたしをもう否定しない。

傷つくわたしのまま、生きて行く。

 

楽しいテニスをしよう。

物事、上手くしようと思った瞬間から

悲劇は始まる。

 

本当に望むのは、楽々と優雅にボールを打ち返すこと。

 

勝ち負けではないラリー。

速いボールを打ちたい訳ではない。

優雅に続くラリーがしたいだけだったのに…

イツノマニカ、上手くなろうと努力してた。

速い球を打ちたかったのも事実。

打ち返せないから続かないのに。

自分の打ったボールがまた跳ね返ってきて

それが打てない。

自分のせい。

 

楽々、優雅に打てるように努力しよう。

月に願いを…

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自分が愛されていない、つらいって

自分の身体から、わたしが離れているだけだ。

 

今日は満月で、スーパームーン

 

祖母と見た夜空を思い出す。

 

月はわたしを照らしている。

 

呼吸を身体に入れる。

自分の身体とともにいる。

すると、身体のこっている部分に気づく。

身体をほぐす。

 

そうして、寂しい自分と一緒にいよう。

一人でいるときは、自分にいれるのに、

人と一緒にいると、自分から離れてしまう。

今まで、どれだけわたしから離れていたことか。

寂しいはずだよ。

自分の中にいて、ものを見る。

今は自分の中に深くいれる時間だ。

静かでいい。

外に向かなくていい。

自分の中からものを見るのだ。

今まで、一緒にいてなくてごめんね。

 

わたしの、今回の生きるテーマは

 

「自分を生きること」なのかもしれない。

 

前世では、自分を生きず、人の言いなりで生きて来たのかもしれないな。

今回は、一人でしたいことを存分にする、ということかな。

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

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新年早々、普通にしているだけで疲れる

という事実にガッカリ。

1月2日、初売りで買い物した後、

母と二人で食事。

普通に座っているだけで、

息を止めている。体に力が入っている。

 

そう言えば、年末、おせち詰めのバイトに行ったが

仕事が始まる前から、体に力が入る。

緊張している。

これでは人の何倍も疲れるはずだ!

人と一緒にいようが、いまいが…

 

わたしは疲れるようにできているのですね。

あと、物事に慣れるのに時間がかかる。

 

人にはいろいろあるもんです。

今年は一人で、興味のある物事を追求して生きていくぞ!

わたしの好きな、ミニ神社

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何かが出来るってそりゃ素晴らしいこと。

だけど、それって人間の意識とか習慣が決めたこと。

すべては結果オーライとするなら

ただ生きているだけで素晴らしい。

呼吸を、息をしているだけで。

生命体、タマシイとして。

その人がもつ生命が美しい。

そりゃ、頭がいい。

スポーツで1番になる。

素晴らしい。

好みがある。

 

ただ生きているだけで、息をしているだけで

ただあなたがそこにいるだけで

美しい。

それでも人は、欲張りで、多くのものを求める。

自分の理想…

 

いちいちと、ひとつひとつをダメ出しして

生きるなんて、しんどい。

みんな、自分の価値観で生きている。

優越感に劣等感。

それすら、人生を彩るもの。

人それぞれに、生きるテーマがある。

 

子供も旦那も、仕事もしていない。

今の私に許されたこと。

 

わたしだけは、味方になる。

 

ハッピーブログ 抜粋

自分が想像もしないことが、起こる。

やっぱり、子供が欲しい、と感じている。

なんの縛りもない生活がしたい。

でも人とは関わりたい。

 「欠けている」という感情そのものによって、あなたは自分が欲するものが欠けている状態を引き寄せるのだ。

お金が足りないから欲しい、と思ってとった行動。でも思いの外集まらなかった。その前に、無いことない、と気づくべきだったことに、気づかされる。

 

"行動"を手放して自分を時間の奴隷から解放してあげて下さいね。


大切なのは"自由"と"喜び"です(*^^*)

 

ネガティブな感情を伴う物事を経験した時にはまず、これは自分が「望みがみたされてないこと/望んでないこと」なんだ!と認識してください。

そして次に"転換のプロセス"を使います。

では、「自分が望むことはなんだろう?」と自問する。
上に挙げた様に、物事には必ず二つの面があるから、、
「望むこと」の面が見つかったら
そちらを語り、思考する様に変えるんです。


「望みがみたされていない」

「望むこと」の面を探す。

「望むこと」を語り、思考する。


これが波動の転換の仕方です。

 

「望まないこと」があるからこそ自分の「望むこと」がなんなのかが、はっきりとわかるきっかけになります。

 

この1日のスタートに、時間をとって少しでも人生の明るく良い側面に意識的に目を向ける様にしてください。
気持ち良い布団の上、天気が良い、今日食べたいランチ。なんでも大丈夫です。
心地よくなれる思考を探してください。
その「少しでも前向きな状態」でスタート出来れば、明るく肯定的な流れが自分の中で出来上がります。

 

三日後の自分を、想像して、その波動で生きてみる。

 

「お客様が本当に食べたいものをお持ちしました」
("今"のあなたの不足感がそのまま未来に投影されてるだけ。)

 


"あなたは絶対的な自由の状態にある。あなたが見るもの経験するすべてのものは、あなた自身によって引き寄せられる。あなたには自分を縛るものを引き寄せる自由さえある"

 

いいな、と思ったことを行動してみる。

今までのわたしなら、しても仕方ないとか出来ない、などと思っていました。

思いついた事を行動しても、何もならないやん。

そうして諦めていたわたし。

だけど、やめてみよう。諦めるのを。

 

ほんまに、時間に、人に、仕事になど、縛られない生活、最高‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりでも大丈夫。

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世間話とか、たわいのない話が出来ない。

通学や通勤途中、何を話せばいいか分からない。

何処かへ遊びに行くとしても同じ。

親しい友人でも同じ。

相手がよく喋る人ならまだいい。

喋りすぎも疲れる。

 

みんなの中にいると疎外感感じて嫌になる。

人といると、無意識に他の人より数倍は疲れる。

 

そんな人、割と多いみたい。

よかった、自分だけではないので、安心した。

 

みんなの中でやってかなきゃ…

みんなの中で、社会で生きていけるようにならなきゃ…

みんなでワイワイと遊びにいけるようになりたい。

みんなと一緒に過ごせないわたしは、おかしい…

なんか欠けている。

 

父のように、寂しく1人で生きるのは嫌だ。

(父は妻帯者だが、気持ちとしては、一人ぼっち)

と思っていたけど、

もう一人でもいい、と開き直った。

 

1人、快適。

仕事も今はしていないから、明日のことを考えなくてもよい。

好きな時に、すきなことを、好きなように、好きなだけできる。

人といて疲れて、休日には何も出来なかったのが、今は存分にできる。

めんどくさいと思っていた掃除や生活のこまごまとしたこと、手の込んだお菓子作りも。

 

人の中で仕事をするならせめて、興味のあることで…と思っている。

人の中で、全然なんともないフリ。

もうやーめた。

 

人に合わせようとばかりしていたから、

自分の意思なんてない。

なんでも人の言う通り。

人に頼る。

意思が無いから、自分の仕事すらない。

自分の感情すら分からなくなっていた。

そして、わたしはなんて馬鹿で仕事も出来なくて、

結婚もしてなくて…と無能な人間だとしていた。

だけど、自分でそう持っていってしまったんだ。

人と関わる虚しい努力。

 

自分を深く見つめれるように、もう1人でもいい、と決心させるために、嫌なことばかりあったのだろうか。

わたしの能力がない、訳ではない。

自分を見つめてこなかっただけだ。

人とは違う。

みんなでワイワイ話している人たちとは違う。

みんなで遊びにいける人たちとは違う。

 

なんで神様はわたしを一人にしたのだろう。

一人になりたかったのかな。

わたしを見つめたかったのだろうか。

見つめて、自分の才能を発揮したかったのだろうか。

 

心屋さんの言う後者とか、寂しいとか、愛情ないとか、仕事が嫌とか、いろいろ思ってきたけど結局、自分を生きれないから、辛い思いをする。

自分を生きていないから、辛い目にあう。

そっちじゃないよ、と教えられている。

それでも知りたかったんだ、人の中で、社会で生きること。

みんなと同じように生きること。

他の人の人生を生きようと、虚しい努力をしていた。

 

自分を見つめて、自分を許し、そのままで生きていかないと。

したいことは素直にやればいい。

一人でなんでも、どこへでも行けばいい。

他人の許しなんていらない。

そうすれば、わたしの能力も発揮できるだろう。

無駄にわたしはバカだ、とか思わなくて済むだろう。

一人でも、大丈夫。

これからはそんな人たちも、堂々と生きていける。

そんな世の中になっていくと思う。