自分自信のすべてを、人生を何にかけるか?

自分の全エネルギーを何に捧げるのか?

小さくても、大きくても、その繰り返しだ。

 

 

 坂爪さんのブログより、

自分の弱さを痛感することの多い日々だ。私は、すぐに誰かに何かを求めてしまう。誰かに何かを期待してしまう。恥じることの多い日々だ。誰かのせいにしている限り、自分を見ないで済む。誰かの醜さを指摘している限り、自分の醜さを見ないで済む。他人の生き方にああだこうだと口を出している限り、自分の人生を真面目に生きないで済む。まずは自分なのだろう、ひとのことをああだこうだと言い始めた時ほど、私は、自分自身から離れているのだろう。

 

金も命も時間も花も、多分、大切なことは「使い方」だ。命の本領が発揮される瞬間、それは、命を使うに値するものを見つけた時だと思う。逆説的になるけれど、自分なんてどうなってもいいからこれだけは伝えたい、これだけはどうにかしてやりたいという祈りにも似た感覚の中で、命の本領は発揮をされるのではないだろうか。自分を守るから弱くなる。自分のことばかり考えるから、自分自身を見失う。自分なんてどうなってもいいからこれをする、自分なんてどうなってもいいからこれをやりたい、大袈裟な言葉で言えば「自分を生かそうとするのではなく、自分を自然の中に投げ出して殺してしまうようなこと」の中に、結果として、自分は生きているのだという最高の実感を覚えるのではないだろうか。